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詩のお話 (再録)

飯村 真朱


【詩のお話】は、1997年4月29日から5月18日にかけて、 真朱の気ままありのまま生態録【光纏う彼方への浮遊】において、 5回に渡り、連載されたものです。
青いね!くさいね!長〜いね!の三拍子がそろっているため、覚悟が必要? まさに、この時期にしか書けなかったものです。そして、 つながっていると思います。


目 次 ::
第一話第二話第三話第四話最終話




1997年4月29日 第一話

4月21日の生態録で紹介した、じゃすみさまの 「すっぴんでいられる」場所に関連して、詩の話を 気ままにして みたい。

私が、いわゆる詩に分類されるであろうものを、自分の意志で初めて書いたのは、 15、6歳だったと思う。そし て、17〜19歳の頃は、溢れて溢れて仕方なかった。 今、その時の大部分は残っていて、私の手元にある。 と いうのは数冊のノートに書き散らしていたものを、19歳の時に、 一冊のノートに纏めたからである。

その詩のノートの冒頭の言葉を読み返してみると、青いなぁという面も あるし、今の私の原点ともいうべきものも 現れているので、 今日はまずこれをお見せしたいと思う。というより、あまりここから成長して いないかもしれな いねぇ。


("詩のノートの冒頭の言葉" 真朱19歳当時)

私はずっと私ではあっても、日々、変わっていく。

今、例えば15の頃のを見ると、こんなに綺麗ごとじゃないよと思ったり、 他のある詩ではよくここまで すごいことを書いたと思うものもある。

私にとって詩は自己表現の一つであり、瞬間を切りとった断片のようなものだ。 同じものは二度と出 来ない。だからこそ、取っておきたいと思うのかもしれない。 作った自分さえ、作り終えたなら、その 詩にぴったりと自分の感情を重ねることが出来なくなる時もある。

それが、自分が成長していくこと、日々、様々なことを考えていくことであるから、 仕方ないのかもし れないが、何か胸の奥のとても綺麗で大切なものを 失っていっている気がして、忘れたくないのだ。

自分を捜して生き続けているし、これから詩を書いていっても 自分という言葉がたくさん出てくるだろ う。 そういう意味では描く世界はすごく狭いのかもしれない。

しかし私は今まで生きていて、出会ったすべての人々、出来事に影響を受けていると思う。 何か心の 中で動くものがあったり渦まいているものがあって初めて、 言葉となって紙の上に現れるのであるか ら。

自分の詩に関してけっして上手だとは思えない。 本当はこの心の情熱をもっと上手に表現したいの だ。 人が読んで何か感じてもらえるのだろうかと不安になる。 でもどんな詩でもやっぱり自分である と、実体験でなくても、 自分以外の何ものでもないと、それだけは自信を持って言える。

言葉はなまものだ。私は新鮮なうちに一つにまとめたいのだ。 もう少しで20才になる。その前までに 形にしておきたいのだ。


次回も、詩の話、続いてしまうらしい・・ では、ごきげんよう。



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1997年5月3日 第二話

さてさて、詩のお話2です。どこから話せばいいのかなぁ・・。 自分で始めたこととはいえ、かなり照れています ・・はい。(^-^;;;;;;;
私には、小学校からの親友がいるのですよ。 それぞれの道を進んでいますので、 今は、やっていることも全然 違って、 生活環境ももちろん違うわけですが、このまま一生親友だと思います。

小学校時代の私達は、仲良くしていたグループも違い、 卒業して別の中学校に入学したのですけれど、 気が ついたら文通をしていたのですね。 きっかけが何であったのか、お互いに全然覚えていないので、 今となって は知る由もありませんが・・・・。

彼女は詩を書く人でした。それに、私なんかよりずっと、文学少女でしたね。 いつの頃からか、手紙の中にとき どき 詩を書いて送ってくれるようになって、私は彼女と共に、 この詩達も大切にしていきたいと思うようになりま した。 花瓶に花が生けられていたとしたら、ずっとずっとどの詩も どんな時も彼女の色を生き生きと放っていた のです。 だから、大好きだった。そして、私も彼女宛の手紙に ときどき詩のような、溢れてしまった雫を手ですく っては、送りました。

その頃の私の詩の世界というのは、自分でありながら、 表に出ている自分とは別ものと考えていて、 今の私 が読んでもらえるだけで嬉しいと言っているのとは、 むしろ正反対、隠しておきたいものであり、 閉ざされた世 界だったと思います。 詩の世界と言えば、本当に彼女との世界と言い切って しまっても過言ではないほどで、 他の人に見せることもほとんどなかったし、 まして、雑誌等に投稿したことは 一度もありませんでした。

当時の詩を見た人達は、自分の音楽仲間数人ですか・・。 それから、中学からの親友と・・・。その当時って、ロ ックにせよ、 クラシックにせよ、ああ、考えると、音楽やっていた 人間にしか見せてないですね、偶然とはいえ、 おもしろいや。10篇くらいずつ、いきなり束であげた人もいるので、 まだどこかに残っているのかなぁ。 だと したら、恥ずかしいねぇ(^-^;;;;;;;

17から19歳頃が一番書いていましたね。すごい日は、4、5個とか 平気で書いていたし。4月29日の生態録 に 19歳の時に纏めた詩のノートの冒頭の言葉を紹介しましたけれど、 ちなみにあのノートには、135篇、載っ ています。

長いものから、一行だけのものまで色々で、内容も自分を見つめ直している ようなものが多いかなぁ。どろどろ お先真っ暗なやつとか。あとは、恋とか友情とか。本や映像や音楽から影響を受けたものがあったり、 その 日の出来事、出会った人に刺激されたものがあったり・・・。

う〜ん・・・。核心部分に触れそうで触れていないような感じで、 収拾がつかなくなってきたので、その3に続くこ とにします。

今日、【かくれんぼ】という雫が出来ました。 よかったら読んでみてくださいね。 では、ごきげんよう。


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1997年5月4日 第三話

詩のお話もその3・・・(^^; 10代の一時期、とにもかくにも何もかも頭に来るというか、 むしゃくしゃして、自分さ えも嫌でたまらなくて、自虐的になっていた 時期があって、お腹に溜まった膿を吐き出す場所、それが詩の世 界だったと思う。

いつでも明るくて元気で前向きで悩みなんてなくて・・・、 そういう風に見られることが多かった。 そして自分もそ うありたかった。 人間、波があって、私はかなり感情の起伏の激しい人間らしいので(^^; ぶるーな時も、表に出 てしまったり、親しい人には無意識にさらけ出しているので、 それはそれで安らぎの場所もあったけれど、どうし ようもなく 溢れてきてしまうもの達を叩きつけるように、生み出していた。

それは否定的でみっともなくてどうしようもない自分の姿でもあった。 ぐちゃぐちゃでよろめきながらも真っ直ぐに 歩いていこうとする、 泣きだしそうになりながら懸命に進もうとする自分の姿でもあった。 自分を見つめ直す場 所、それが詩だった。 私には自己表現として、色々な方法があった。でも、その色々な 方法のうち、最もひた 隠しにされていたもの・・。それが詩だった。 この世界では、素直に恋する気持ちも羽根を広げていたように思 う。

その頃からもずっと、詩は、詩と呼ばれることはなかった。 19歳の時に纏めたノートの冒頭では便宜上、詩と呼 んでいるが (誰かに後で見てもらおうと思っていたらしいね) そのもの達を当時の私は「言葉の羅列」と呼んで いた。 そして、この呼び名は、最近・・今年の初めまで続いた。

溢れ出すこの想いがどうしようもなくて、紙の上に吐き出すのに、 この想いの10%も上手く伝えることができない。 じれていた。ずっとずっともどかしかった。だ から 自分のこの言葉達を、詩と呼ぶのはおこがましくて、 ある意味で私はずっと、自分の雫(詩)達を否定的に 見ていたのかもしれない。今までずっと、愛おしんでやれなかった のかもしれない。

詩とは何なのか。未だに上手く説明できない。 内的なリズムを感じるものは、詩なのだろうか。 自分の書いて いるものは、詩と呼んでもらっていいのだろうか。 今の私は自分のこのもの達を雫と呼んでいる・・。 やっと愛お しんでやれるようになったと思う。 嬉しい・・。これはみんなのお陰だったりする。 あの人に出会ったこと。ネット に出てみんなに出会えて、 そして、雫を見てもらったこと・・それが私の 詩に対する想い、或いは自分の雫との つき合い方を 変えてくれた。心から感謝している。

この続きは4で・・(^-^) では、ごきげんよう。


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1997年5月5日 第四話

詩のお話も、はや4回目・・。 19歳が終わりに近づくにつれて、私にはある不安が過ぎっていた。 19歳と20歳に越えられない溝のようなも のを感じたのだ。 明らかに違う、10代と20代を・・・・。 そして、もう雫(詩)は溢れてくることはないだろうと漠然 と思った。

20歳になっても、普段と変わらない日々が通り過ぎていくかに見えた。 だから、自分の時間は繋がっているの だと当たり前のことを思った。 でも、自己暗示をかけてしまったのか、それとも、 自然の流れだったのか、本当 に雫を産み出せなくなった自分がいた・・・。 「全然書けないんだよね・・・。」小学校からの親友に 「最近、書い てる?」と聞かれ、黙り込む私。 「そっか・・。私も書かなくなっちゃった・・。」 彼女も呟いた。

ときどき、ぽろぽろとこぼれ落ちる時はあったが、ほとんど 沈黙の連続だった。それは悲しくもあり、少しせつな かった。 別に書けなくてもいいや・・。半ば、あきらめ顔 になった、ちょうどその頃、私はインターネットの世界に 入ったのだった。 昨年の12月のことだ。 なんとはなしに、ネットを漂っていたら、惹かれるサイトに巡り会った。

そのホームページの名は
【jaja】・・・。 「ハイパーポエム」という試みをやっている、詩人jajaさんのサイトだ。 毎 月一篇の詩をjajaさんが見せて下さるのだが、その中の語や語句 に読者である我々が、自由に詩やコメントや 絵などを付ける。 元の詩に別の作品を埋め込んでいくことで、新たなる可能性が開けていく。 とにかく面白いア ート作品だ。

初めて出会った時、jajaさんの「瘤のある自画像」(1996年12月作品)という作品を読んだ。 その中の”うっすら なでしこ”という言葉が妙に響いて、離れなかった。 不思議な感覚が私の体を包み込み、ただただ波に身をま かせているようなのに、 見えない力に導かれていく・・・。 今までのことが嘘のように、静かにポコンとはじける ものがあった。 【うっすらなでしこ】、この雫の完成は、実は書き始めてから5分もかかっていない。

感動的な出来事だった。私は舞い上がり、羞恥心も忘れ、後先考えずに、 出来立てほやほやのそれを、その 場でjajaさんに送りつけてしまった・・・。 きっと掲載されないだろうという妙な自信(?)も実はあった。とにか くjajaさんに読んでもらいたい!ただそれだけだった・・・・・・。

意外にも・・【うっすらなでしこ】は【jaja】 に掲載された。めちゃくちゃに恥ずかしく、そしてわくわくする初めての体 験だった。 ネットに発表する機会を得たことで、確実に自分の中で変わったものがある。 私は今、それを強く強 く感じている・・・・。

・・・・・。その5に続く・・・・(ちゅど〜ん・・*~●)次回が完結編です(^^; では、その5で、きっと会いましょう!!


【うっすらなでしこ】


記憶の底
髪 絡ませて

空中の細胞
味わってみる

誘っている原色
堕ちていきそう

日向ぼっこして
クラゲのふわふわと
手をつなぐ

碧の上
大の字がいいね

二人 溶け合えば
うっすらなでしこ


MASOO IIMURA 8:07PM 12.8 1996



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1997年5月18日 最終話

伸びに伸びてしまった(;;)【詩のお話】もいよいよ最終話です。 自分の今までの雫達の世界を改めて見直して みたり、貴重な意見交換をさせて いただいたり、皆様の感想や他の方の詩に刺激を受けたりして、 一応熟成 中などと偉そうに言っていたわけですが、さてさて、どうなることやら・・。

今では考えられないけれど、インターネットを始めた当初の私は、 ホームページを作る気など全くありませんで した。 jajaさんのサイトでハイパーポエムとしての詩の投稿にはまってから・・ ネット遊泳していたら、ある日、K UMAさんのホームページの中に Choco Chips Townを見つけたのですね。

年齢も職業も性別も地域も越えて出会った人々が住んでいる街・・・。 これこそがインターネットの醍醐味!自 分がそうやってネットに住んで 皆様と楽しく過ごすなら、はねはね(いわゆる天使や妖精などのこと) と一緒だ ったら幸せだなぁと思って、「翼の殿堂」という名前のお家を KUMAさんに作っていただきました。これは伝言 板で、 その下に1ページ分だけ自由にページを作ることが出来るのです。 こうなると何か作ってしまいたくなる のが人情ってものですよねぇ。

はねはねをいっぱい住まわせようと「翼の殿堂」の原型を作って、初めて公開したのが今年の2月16日のこと。 大改装を経て、ホームページとしての体裁を整え、発信し始めたのが3月6日。そしていきなり、ネット上から飛 び立って 消滅したのが、3月13日の明け方・・・。ようするに、一週間しか正式に 公開していなかったという(^^; 本当にとんでもないなぁ(笑)>真朱

その当時の私には、翼の殿堂は、はねはねがメインなのだから、 真朱と いう作り手を前面に出すことを極力抑えようとする、今考えると妙な 方向にベクトルの向いた、こだわりがありま した。 だから雫も、何枚もページを隔てないと出てこない、秘密の小部屋の中に 4篇だけ置いてあったのです。

消滅させてから・・・たくさんの方々にご心配をいただいて・・そこには 海のものとも山のものとも見分けがつか ない、ちっぽけなこのサイトに対する 暖かなお気持ちが溢れていました。しばらくたって、自分のやったことを 冷静に見つめられるようになった時、再び翼の殿堂が、いい形で戻ってこられ るようにと、私自身が心から願って いることに気づき、 また見守ってくださる皆様に対して、自分なりにいい加減には接したくないと 強く強く思った のです。そして、無事で元気にやっていますと お伝えしたい一心で、4月3日に、生態録として再びネット上に 現れました。

自分が今、どんなことを考えて過ごしているのかを記すこと、この生態録は、 皆様へ何かを伝えたいという思い と同時に、改めて自分を見つめ直すことでもあり、 これからの自分の道しるべでもあり、自分の手に余ってしま った翼の殿堂 というものを、この指先に触れる距離まで引き寄せるために、 どうしても辿り着いてしまった場所 のような気がしています。 それは全然堅苦しいことではなくて、ありのままでいるということ。 誰だって泣いたり 笑ったり悲しんだり喜んだりしていて、毎日 生活しているのですから。

確かに自分をさらけ出していることは、みっともなかったり、かっこ悪かったりする 姿も多いだろうし、ときどき恥 ずかしくなったり、私ってつくづく馬鹿だなぁとか 思うのですね(笑)でも、まったく・・見苦しいのに・・と感じ る時もありながら、 でしゃばりもでしゃばりじゃないもそういう次元の 問題ではなくて、妙なこだわりはひょいと 越えてしまって、 感じたままを素直に書こうと思えたのです。 というよりも、書いていると自然にそうなってしまう のですね。 気がついた時には、雫が出来る度に掲載していましたし、 それをごくごく普通のこととして受容する 自分が、もう既にそこにいたのです。

私の雫の世界はネットに登場したことをきっかけに、急激に変貌を遂げました。 お腹に溜まっていた膿を吐き出 すような、誰にも知られてはならない 秘密の世界だったそれが、少しずつ居心地の良い存在に変わっていくた めには、 今までのこの、気の遠くなるような回り道も必要だった気がします。 今は、皆様に読んでいただけるだ けで、とっても嬉しいのです。 読んだよ!っておっしゃっていただく度に、有り難いなぁと思っています。 感想を いただくのも、それが例え、厳しいものであっても、 心温まるお言葉でも、何か感じていただける、それだけで、 とっても嬉しいのです。

雫は、頭ではなく、体から産まれたがるから、産まれたいとサインを送って きた時に、産んでいます。 時には心 の呼吸がぜいぜい息せき切りながら、時にはふわりと 見えない力にひっぱられるように、産まれてしまうから産 んでいます。 今でもけっして、自分で心から満足できる出来のものなど、何一つないのです。 いつもいつも、伝 えたいことの10%も伝えられない自分にじりじりして、 それはずっとこれからも変わらないかもしれません。

でも、雫というのは、たとえ事実でなくとも、その瞬間の私にとっての真実なのです。 紛れもなく、私の一部で す。そして、愛の一つの姿なのだと思います。 ずっとずっと愛を描こうとしているような気がする・・。 愛は・・別 に男女のそれに限らず、人間そのものが愛しいと思える自分に 出会った瞬間から、どうしようもなく、溢れてし まうものです。 感謝の気持ちです。生かし生かされている、ちっぽけな人間の叫びです。

書こうと思って書くものでもなく、これから、また書けない時期も やってくるかもしれません。でも、気長につき合 っていくことにしたのです。 これから自分が少しずつでも成長していけるとするならば、雫も進化することが 出来 るでしょう。いつでも、この先、どんなものが産まれてくるのか 全然分からなくて、産み出した後でさえ、自分が 書いたとは思えない ものもたくさん出てきてしまって、でも、それはそれでおもしろい ではないですか。

出来上がったものは、公にしたならば、 自分の作品でありながら、もう完全には自分のものではありません。 受け止 めてくださった方々がどう感じてくださってもかまいません。 むしろ、自由に感じていただけること、それが今、と っても嬉しいです。

自分がホームページを開いて、雫を発表して、そして、 雫についてこんな風に語る日が来るとは、夢にも思って いませんでした。 それにはたくさんの人との出会いがあり、受け止めてくださる方々の 存在があったからこそ の、今日だと思います。 雫を通して、人と人との繋がりが広がっている現在、ますます そうなっていくことを私は 願っています。

最後になりましたが、この詩のお話を書くきっかけをくださった じゃすみさまと、それから、とろとろの更新にも関 わらず、 気長にお待ちくださり、ここまでお読みくださった皆様、励まし、 支えてくださった皆様に、心から感謝 申し上げます。 そして、これからもよろしくお願い致しますね!

3:34PM 5.18.1997
真朱 拝


PS:なんだか、とっても真面目くさったような締めになってしまったわぁぁ(^^;今の本当だから、このまま見てもらう けれど、 かなり恥ずかしい奴って感じだよね〜。きゃ〜。きゃ〜。 こんな日もあっていいかなぁぁ(^^; あう あう(^^; やっと書けたって感じですぅ。どっときたかもしれない(笑)

ほんにここまでお読みくださりお疲れさまでした!ありがと〜♪


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